私の実家は、端から見れば典型的なゴミ屋敷ですが、そこに住む父にとっては「聖域」であり、数えきれないほどの骨董品がひしめき合う博物館のような場所です。父は若い頃から古い物を集めるのが趣味で、週末になれば各地の骨董市へ出かけ、何かを抱えて帰ってきました。最初は小さな根付や古銭から始まりましたが、次第にその興味は家具や屏風、果ては巨大な石像にまで広がり、気づけば家中の廊下や階段、寝室に至るまでが骨董品と、それを梱包していた古い新聞紙や段ボールで埋め尽くされてしまいました。家族として困るのは、父がそれらを全く整理せず、ただ積み上げている点です。埃が積もり、何がどこにあるのかさえ本人も分からなくなっているその状態は、火事や地震が起きたらひとたまりもないゴミ屋敷そのものです。しかし、一歩その山に踏み込んでみると、そこには驚くような世界が広がっています。平安時代の仏像の断片が、使い古されたタオルと一緒に棚に置かれていたり、明治時代の絢爛豪華な薩摩焼の花瓶が、新聞紙の山の影でひっそりと佇んでいたりします。父がこれほどまでに物を溜め込む理由は、それらの品々に宿る「人の記憶」や「技術」を絶やしたくないという強い使命感にあるようです。彼にとって、それらは決してゴミではなく、守るべき文化遺産なのです。しかし、管理能力を超えた収集は、結果として家族の生活を圧迫し、品物自体の保存状態も悪化させてしまいます。最近、私は父と話し合い、少しずつ専門の鑑定士を呼んで整理を始めることにしました。父が大切にしているからこそ、それをゴミ屋敷の中で朽ちさせるのではなく、然るべき場所や新しい所有者の元へ引き継ぐことが、本当の供養になるのではないかと考えたからです。ゴミ屋敷と骨董品屋敷は、紙一重の存在です。整理を進める中で、父が語る一つ一つの品のエピソードは、ゴミだと思っていた山を豊かな歴史の物語へと変えてくれます。この家が本当の意味で「宝の山」と呼ばれるように、父の想いを尊重しながら、少しずつ床が見える生活を取り戻していきたいと思っています。
私の実家がゴミ屋敷で骨董品だらけな理由