私は十数年、ゴミ屋敷の清掃現場に携わってきましたが、そこで目にしてきた光景は、まさに「絶望と希望の交錯」でした。多くの現場では、足の踏み場もないほどのゴミに埋もれながら、依頼主さえも存在を忘れていた驚くべき骨董品に出会うことが多々あります。ある現場では、天井まで届くほどの雑誌の山の崩落を防ぎながら作業を進めていたところ、部屋の隅にある古い箪笥の陰から、埃を五センチ以上被った大きな花瓶が現れました。一見するとただの土汚れにしか見えませんでしたが、濡れた布で少し拭ってみると、鮮やかなコバルトブルーの模様が浮かび上がりました。後に鑑定したところ、それは明治時代の輸出用陶器の名品であることが分かりました。また、別の現場では、キッチン周りの油汚れと生ゴミにまみれた床から、黒ずんだ金属の塊を拾い上げました。それは当初、廃材だと思われましたが、よく見ると精巧な細工が施された銀のキセルと煙草入れだったのです。ゴミ屋敷の住人の方々は、多くの場合、物を捨てるのが苦手であると同時に、物に対する深い愛着を持っていることが少なくありません。しかし、その愛着が管理能力を超えてしまった結果、大切な骨董品までがゴミの中に埋没してしまうのです。私たちは作業中、常に「これは何か特別な物ではないか」というアンテナを張っています。例えば、ただの古い木箱に見えても、その組み方や釘の打ち方一つで、それが江戸時代の物かどうかが分かることがあります。ゴミ屋敷の清掃は過酷で、時には悪臭や害虫との戦いになりますが、その中から歴史的な価値を持つ一品を救い出した時の達成感は、何物にも代えがたいものがあります。私たちが大切にしているのは、依頼主の方に「捨てなくてよかった」と言っていただくことです。これからも私たちは、埃の舞う過酷な現場で、未来へ引き継ぐべきお宝を見逃さないよう、細心の注意を払って作業を続けていくつもりです。ゴミの山は、見方を変えれば未開の宝島なのです。
清掃員が語るゴミ屋敷と骨董品の遭遇記録