賃貸物件の大家として、数多くのゴミ屋敷退去の現場に立ち会ってきましたが、その中で「5chの住人」を自称する入居者たちの実態は、一般にイメージされる「怠惰な引きこもり」とは少し異なる、意外な側面を持っていました。あるゴミ屋敷の清掃立ち会いの際、退去する入居者の男性が「大家さん、僕の部屋、掲示板では結構な有名スレだったんですよ」と自嘲気味に語ったことがありました。彼の部屋は、玄関のドアがゴミの圧力で開かないほどの重度な状態でしたが、驚いたことに、彼はその惨状をリアルタイムで掲示板に実況し、住人たちとの交流を唯一の生きがいにしていたのです。私から見れば、資産価値を毀損する最悪の入居者ですが、彼の視点では、その部屋は掲示板という広大な仮想空間における「ステージ」であり、自分はその主役でした。こうした掲示板住民のゴミ屋敷住人たちは、意外なほどITリテラシーが高く、部屋の中に最新のPCパーツや高額な音響機器がゴミに埋もれていることも珍しくありません。彼らにとって、物理的な環境の清潔さよりも、ネット上のレスポンスや情報の海に漂うことの方が、生存において高い優先順位を持っていたのです。大家として頭を悩ませるのは、彼らが掲示板の知恵を借りて、原状回復の費用負担をいかに逃れるかという法的知識を武装してくることです。「この汚れは通常損耗だ」「掲示板では大家が全額負担だと言われた」といった主張を繰り返し、立ち退き交渉が難航することも多々あります。掲示板は、孤立した住人に知恵と勇気を与える一方で、大家や管理会社という「現実の管理者」に対する対抗心を煽る装置としても機能しているようです。しかし、清掃が完了し、彼らが掲示板という拠り所を失い、真っさらな部屋で一人取り残された瞬間に見せる、あの何とも言えない空虚な表情は、大家という立場であっても胸が締め付けられるものがあります。掲示板上の「仲間」たちは、掃除が終わればすぐに去っていきます。彼らが現実に直面しなければならないのは、膨大な請求書と、汚部屋という秘密を抱えて生きてきた過去の自分です。大家として私が学んだのは、彼ら掲示板住民にとってのゴミ屋敷は、社会との断絶を埋めるための、あまりに不器用で不衛生な「表現」だったのではないかということです。ネットの掲示板は彼らを救うこともありますが、同時に現実の生活から遠ざける鎖にもなり得る。退去後のガランとした部屋を眺めながら、私はいつも、彼らが掲示板のレスではなく、顔の見える誰かの言葉に耳を傾ける日が来ることを願わずにはいられません。
ゴミ屋敷を管理する大家が語る掲示板住民の意外な実態