特殊清掃の現場に身を置く私たちが日常的に遭遇するゴミ屋敷の現実は、一般の方々が想像する「散らかった部屋」という概念を根底から覆すほどに凄まじく、まさにやばいという言葉以外では表現しきれない極限状態の連続です。依頼を受けて向かったある分譲マンションの一室では、玄関のドアが内側からのゴミの圧力で数センチしか開かず、隙間から這い入るようにして入室すると、そこには天井近くまでペットボトルとコンビニ弁当の空き殻が圧縮されて壁のようにそそり立っていました。驚くべきことに、住人の男性はそのゴミの壁に掘られたトンネルのような隙間を通り、わずかに露出したトイレの床で眠るという生活を数年間も続けており、その不衛生な環境はもはやバイオハザードと呼べるほどやばいレベルに達していました。ゴミを掻き出すたびに、下層から数年前の腐敗した生ゴミが液体状になって染み出し、その強烈な異臭は特殊な防護マスクを着用していても脳を揺さぶるほどの破壊力を持っており、さらにそこには数万匹規模のゴキブリやウジ、ハエといった害虫が独自の生態系を築いて蠢いていました。こうしたゴミ屋敷の現場では、単に物を捨てるだけでなく、腐食したフローリングや壁紙を剥がし、特殊な薬剤を用いて消臭・消毒を行わなければ人が住める状態には戻りませんが、清掃作業中に発見される未開封の現金束や貴金属、そして何よりも住人が大切に保管していた思い出の品々がゴミの中に埋没している様子を目にするたびに、いかに孤独が人間をここまでやばい境遇に追い詰めてしまうのかという社会の闇を感じずにはいられません。私たちが一軒のゴミ屋敷を空にするためには、数日間の集中的な作業と、二トントラック数台分の廃棄物処分が必要となりますが、作業が終わった後の何もないガランとした部屋に立ち尽くすと、そこにあった膨大なゴミの山は住人が外界に対して築いた心の防波堤だったのではないかとさえ思えてきます。清掃業者としての私たちの役割は、単に環境を整えることだけではなく、住人が再び人間らしい生活を営むための土台を再構築することにありますが、その現場の凄惨さと住人の心の荒廃ぶりは、何度経験しても慣れることのない、この国が抱える極めてやばい現実の一つなのです。